最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)1241号 判決 1993年3月02日
上告人
木原高明
右訴訟代理人弁護士
窪田雅信
松下良成
被上告人
北薩砂利類生産業協同組合
右代表者代表理事
新橋政道
右訴訟代理人弁護士
永仮正弘
主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人窪田雅信、同松下良成の上告理由について
一 所論にかんがみ、本件訴えの適否を検討するのに、まず、請求の趣旨についてみれば、本件訴えは、上告人が中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合である被上告人の組合員たる地位に基づき、昭和五八年六月九日に開催されたとする通常総会(以下「甲総会」という。)及び昭和六〇年七月三〇日に開催されたとする臨時総会(以下「乙総会」という。)における各役員選任決議の不存在確認を求めるものであるが、同法の規定によれば、事業協同組合の役員は、定款の定めるところに従い、組合員の総会における選挙によって選出すべきものとされている(三五条三項)。もっとも、定款に定めがあるときは、選挙によらないで、総会における選任決議によって役員を選出することもできるとされているが(同条一二項)、記録によれば、被上告人の定款には、総会における選任決議で役員を選出する旨の定めがないことが明らかである。したがって、被上告人の役員の選出は、総会における選挙によるしかなく、選任決議による余地はないことになる。
しかし、本件訴訟の経緯及び原判決挙示の証拠関係に照らせば、上告人の本件訴えは、被上告人の役員が選出されたとする甲総会及び乙総会の意思決定がいずれも存在しないことを理由に、当該各役員選出の効力を争うものであって、右の甲総会及び乙総会における各役員選挙の不存在確認を求める趣旨に解することができる。
そして、事業協同組合の組合員は、本件のように訴えをもって役員選挙の不存在確認を求めることができると解するのが相当であるから、これらの点において、本件訴えを不適法とすることはできない。
二 そこで、所論について検討するのに、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人においては、その代表理事(理事長)であった福寿十喜の理事の任期が満了した昭和四八年六月八日以降、後任の代表理事が選出されていなかった。
2 甲総会は、被上告人の専務理事(当時)の冨永時寛が招集したものであるが、被上告人の定款には「専務理事は…理事長が欠員のときはその職務を行う。」旨の定め(以下「代行規定」という。)がある。
3 甲総会が招集された当時、松迫安男が被上告人の代表理事に就任している旨の登記はあるが、同登記は、冨永が福寿の指示を受け、昭和五六年九月二八日、福寿の任期満了の翌日である昭和四八年六月九日にさかのぼって松迫が理事に選出されて代表理事に就任し、以後、理事の任期の二年ごとに重任されたように装って申請した一連の登記の一つで、松迫が代表理事に就任したことはなく、松迫を理事に選出するための総会も開催されたことがなかった。
三 原審は、右の事実関係の下において、福寿の任期満了による退任後、被上告人の代表理事は欠員であったから、冨永には代行規定に基づく甲総会の招集権限があり、したがって、甲総会において理事に選出されて代表理事に就任した宇宿敏行には乙総会の招集権限が、次いで、乙総会において理事に選出されて代表理事に就任した新橋政道には昭和六一年三月二日に開催された臨時総会(以下「丙総会」という。)の招集権限があったから、丙総会においてされた上告人の除名決議は有効で、上告人は、被上告人の組合員たる資格を喪失しているので、甲総会及び乙総会における各役員選任決議(なお、これが選挙をいうことは前記一のとおりである。以下同じ。)の不存在確認を求める当事者適格がないとして、本件訴えを却下している。
四 しかしながら、原審の右判断は首肯することができない。その理由は、次のとおりである。
1 被上告人の定款の定めによれば、被上告人の役員の定数は、理事四人、監事一人で、理事のうち一名を代表理事、一名を専務理事とし、理事会で選任すること、役員の任期はいずれも二年で、理事又は監事の全員が任期満了前に退任した場合に新たに選挙された役員の任期も二年であること、補欠のため選挙された役員の任期は現任者の残任期間であることが明らかであるから(なお、理事の任期とは別に代表理事又は専務理事の任期は定められていない。)、被上告人においては、代表理事も、専務理事も、他の理事も、その全員につき同時に任期が満了することが予定されているものということができる。そして、原審の確定した前記の事実関係によれば、福寿の後任理事を選出するための総会は開催されていないというのであるから、冨永についても、他の理事についても、その後任理事を選出するための総会は開催されていないことになる。したがって、代表理事の福寿の理事の任期が満了したのと同時に、専務理事の冨永も、他の理事も、いずれもその任期が満了していたものといわなければならない。
2 他方、中小企業等協同組合法の規定によれば、事業協同組合の理事は、任期満了又は辞任によって退任した場合には、後任の理事が選出されるまでの間、なお理事としての権利義務を有し、代表理事についても、後任の代表理事が選出されるまでの間、なお代表理事としての権利義務を有するとされているところ(四二条、商法二五八条一項、二六一条三項)、被上告人においては、任期満了又は辞任によって役員の員数が定款所定の前記定数を欠くことになるため、右の規定を受けて、被上告人の定款には、任期満了又は辞任によって退任した役員は、新たに選挙された役員が就任するまで、なお役員の職務を行うと定められている。
3 被上告人の定款に代行規定があることは原審の判示するとおりであるが、代行規定は、代表理事が欠員の場合のほか、代表理事及び専務理事がいずれも欠員の場合も予定し、この場合には、「理事会で、理事のうちからその…代行者一人を定める。」と定められているのであって、被上告人の理事の員数及び任期に関する前記定款の定め及び任期満了又は辞任によって退任した理事の権利義務に関する前記法の規定を併せ考えると、右の代行規定にいう代表理事あるいは専務理事の欠員には、当該理事が任期満了によって退任したにすぎない場合は含まないと解するのが相当である。けだし、代行規定の適用上、代表理事の欠員と専務理事の欠員とを別異に解すべき理由はなく、任期満了による退任を欠員に当たるとすれば、被上告人においては、代表理事も、専務理事も、他の理事も、いずれも欠員となるので、代行規定を適用する前提を欠き、定款に代行規定を設けた意味が失われる上、この場合には、そもそも退任した理事がなお理事としての職務を行うことが予定されていると解されるからである。したがって、代表理事が任期満了によって退任した後、専務理事が代行規定に基づき代表理事の職務を行い得るのは、代表理事が退任後に死亡その他の事由によって代表理事としての職務を行い得ない特段の事情がある場合に限られるというべきである。
五 そうすると、福寿は、理事としての任期が満了した後も、後任の理事が選出されて代表理事に就任するまでの間、なお被上告人の代表理事としての権利義務を有していたところ、何ら右特段の事情のうかがわれない本件においては、専務理事の冨永が代行規定に基づき代表理事の職務を行い得る余地はなく、冨永に甲総会の招集権限はなかったものといわなければならない。そして、冨永に甲総会の招集権限がない以上、甲総会の決議は法律上不存在というほかなく、したがって、甲総会において理事に選出されて代表理事に就任したという宇宿が招集した乙総会の決議も、次いで、乙総会で理事に選出されて代表理事に就任したという新橋が招集した丙総会の決議も、いずれも法律上存在しないことになるから(最高裁昭和六〇年(オ)第一五二九号平成二年四月一七日第三小法廷判決・民集四四巻三号五二六頁参照。なお、本件においては、乙総会も、丙総会も、いわゆる全員出席総会に当たらないことが明らかである。)、丙総会においてされたとする上告人の除名決議も、その効力を生ずるに由ないものというべきである。
六 以上と異なる原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、さきに説示したところによれば、上告人が甲総会及び乙総会の各役員選任決議の不存在確認を求める本件請求はいずれも理由があることが明らかであるから、これと結論を同じくする第一審判決は相当であり、被上告人の控訴は棄却すべきものである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)
上告代理人窪田雅信、同松下良成の上告理由
第一 1、原判決は、被上告人組合は、専務理事冨永時寛の招集により、(1)昭和五七年一二月一九日ケイテン産業で、(2)昭和五八年一月三〇日前同所で、(3)昭和五九年一〇月七日東郷町若アユ荘で、各臨時組合員総会を開催し、(1)において当時の名義上の代表理事松迫安男の解任を、(2)において宇宿敏行、新橋政道、小村優、国本伍市を各理事に、冨永時寛、小松教人を各監事に各選任する旨の決議(以下「甲決議」という)並びに宇宿敏行を代表理事に選任する決議を、(3)において右(2)の決議を再確認し、追認したとした上で、更に冨永は当時右各臨時総会を招集する権限を有していたと認定し、右三会合を通じて昭和五八年六月九日通常組合員総会(以下「甲総会」という)、甲決議は、実質上不存在とはいえないと判示した。
2、甲総会、甲決議が存在するか否かが、本訴の帰趨を決する争点であることは言うまでもないが、原判決は、(一)冨永が被上告人組合において組合員総会を招集する権限を有していたと認定した点及び(二)前記(1)乃至(3)の各会合をいずれも臨時組合員総会と認め、右三会合を通じて、甲総会、甲決議が実質的に存在したと認めた点において、理由不備、理由齟齬、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背、審理不尽、採証法則の限界を超えた違法がある。
第二 冨永時寛の組合員総会招集権について
一、冨永時寛が被上告人組合専務理事であるかという点について
1、原判決が冨永時寛に組合員総会招集権ありとした第一の根拠は、同人が適法に選任された被上告人組合の専務理事であると認定したことにある。
2、ところで、被上告人組合の定款(乙第四七号証)第二七条一項によると専務理事は理事のうちから理事会において選任するとされ、同第三〇条によると理事は総会において選挙するとされている。
しかし、そもそも、右冨永が総会の選挙により理事に選出されたという証拠はない。
また、仮に、同人が理事であったとしても、理事会において、専務理事に選任されたという証拠もない。
3、この点につき、原判決は、原審証人冨永時寛の証言によれば、当時の理事長福寿十喜が総会の席上で指名しその承認を得ていることが認められるから、これに先立ちまたはこれと併せ、理事会の明示または黙示の選任決議が存したものと推認し得るとして、冨永は、専務理事である旨判示している。
しかし、右の点についての原審証人冨永時寛の証言は左のとおりである。
六二 専務理事というのは、理事長の指名によるのか、それとも理事会か何かでの決議によって決まるんですか。
理事長が指名し、総会の承認が必要です。
六三 登記するとか、承認されたとの議長録を本来作るべきだと思うんですが、あなたが、最初になったときの分はそういった手続は踏まれているんですか。
みんなの前で、福寿さんに、北薩の専務理事になれと言われました。
右証言を素直に受け止める限り、福寿が冨永を専務理事に指名したのが、果たして組合員総会の席上であったのか、そもそも「みんな」というのは誰か、「みんな」は福寿の指名を承認したのか、不明であると言わざるを得ない。
また、冨永は、自ら作成した書面(乙第一四号証の一)により被上告人組合の組合員であると証言した寺地について、同じく自ら作成した書面(乙第七号証)では被上告人から除名されている旨の記載をなす等、矛盾した言動をとっており、その証言は信用性を欠くと言わざるを得ないところであり、前記「みんなの前で、福寿さんに、北薩の専務理事になれと言われました」という証言すら、その信用性に多大の疑問がある。
更に福寿においても、松迫安男を総会の選挙、理事会の決議を経ることなく、被上告人組合の理事長にする等、不適法、不適切な形で、後任の理事長を作り上げているのであって、仮に、福寿が冨永を専務理事に指名する旨の言動をとったとしても、それが適法な手続に依っていたか疑問が存する。
4、確かに冨永は、前記(1)乃至(3)の各会合を開くにあたり、中心的役割を果たしていることは否定し得ないところである。
しかし、右の事実と、冨永が被上告人組合の専務理事であるか否かということは、全く別個の問題である。原判決は、右の個別の問題を混同しているきらいがあり、また、冨永が専務理事であるとの先入観を有しているふしがある。
冨永が被上告人組合専務理事であるかという点については、同人が適法な手続によって専務理事に選任されたものであるかを法令、定款に従って客観的に判断すべきである。また、この点は、本訴の帰趨を決する最重要争点であるだけに、より慎重な判断が要求されるはずである。
5、 以上により、原審証人冨永時寛の証言を安易に信用し、かつ他の証拠もないまま、同人の証言のみによって、同人が被上告人組合の専務理事であるとした原判決には採証法則を超えた違法があり、かつ理由不備、審理不尽の違法がある。
二、 被上告人組合理事長は欠員であったかという点
1、 原判決は、被上告人組合の定款(乙第四七号証)によれば、「専務理事は理事長が欠員のときはその職務を行う(第二七条三項)」と規定されており、福寿十喜被上告人組合理事長退任により、前記(1)乃至(3)の各会合が開催された当時、被上告人組合理事長は欠員の状態となっていたのであって、従って専務理事たる冨永が、前記規定に基づいて、組合員総会を招集する権限を有していた旨判示した。
2、しかしながら、同定款第二五条四項によると、「任期の満了または辞任によって退任した役員は、新たに選挙された役員が就任するまでなお役員の職務を行う」旨規定されているのである。
そうすると、前記福寿が理事長退任後、原判決判示のように、商業登記簿上、松迫安男が代表理事となったものの、法律上、適法に代表理事に就任したとは言えないとするならば、福寿が、その後任の代表理事が就任するまで、なお、代表理事としての職務を行うべきであったということになる。
前記定款第二七条三項にいう「欠員」とは、同第二五条四項との関係上、任期満了または辞任以外の事由(例えば、解任)により理事長が不存在となった場合、及び理事長が死亡した場合を指すと解すべきである。
なお、右福寿は死亡しているが、同人が死亡したのは昭和六〇年のことであり(原審証人冨永時寛証人調書第四五項)、前記(1)乃至(3)の各会合が開催された当時は、同人は生存していたものである。
3、従って、前記(1)乃至(3)の各会合が開催された当時、組合員総会の招集権を有していたのは、依然、福寿十喜というべきであり、いずれにしても冨永時寛は組合員総会招集権を有していなかったものである。
この点を何ら審理することなく冨永の総会招集権限を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があり、あるいは理由不備、理由齟齬の違法がある。
第三 前記(1)乃至(3)の各会合は、それぞれ、被上告人組合の臨時総会と認められるかという点について
1、言うまでもなく、組合員総会は、組合員全員による被上告人組合における最高の意思決定機関である。
右総会の重要性に鑑み、中小企業等協同組合法及び被上告人組合の定款においては、総会に関する細かな手続規定が定められているのである。
ところが、前記(1)乃至(3)の各会合は、いずれも、中小企業等協同組合法、定款に沿ったものと言うことはできず、その総会としての有効性は認められないものである。
例えば、前述した通りの招集権者の問題、臨時総会を開催する旨の理事会の決定があったか否かという問題、招集通知(定款第三六条)の問題等、いずれも、違法な手続であると言わざるを得ない。
2、しかも、総会と言えるためには、大前提として組合員によって構成されたものでなければならないものであるところ、前記(1)乃至(3)の各会合に参集した構成員の組合員たる資格について疑問があることは第一審より上告人の指摘するところである(昭和六〇年一一月二一日付原告提出の準備書面第四項)。
総会招集の手続面にかかわる疑問は前述のとおりであるが、総会の存在を認定するためには、手続面に限らず、さらに実体的には当該集会が適法な組合員によって構成されているかが明らかにされなければならない。如何に適法な招集手続が為されようとその手続に従って組合員でない者が参集しても組合員総会とならないことは明白だからである。
上告人は右のとおり第一審の段階から前記(1)乃至(3)の各会合における構成員の組合員資格には異議がある旨主張しているのであり、しかも「寺地」については原審で冨永自身寺地の組合員資格について矛盾した証言をしているのであるから、総会の存在を認定するためには構成員が適法な組合員であるか否かも当然審理の対象にならなければならない。にもかかわらず、原審は前記(1)乃至(3)の各会合の構成員が組合員であるか否かを何ら審理することなく漫然と総会の存在を認定しており、このような事実認定はまさしく審理不尽である。
3、以上により、前記(1)乃至(3)の各会合を、いずれも、被上告人組合臨時組合員総会と認め、右三会合を通じて甲総会、甲決議が実質的に存在するとした原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違背、審理不尽、理由不備の違法がある。